大学病院での治療により寛解し薬と主治医に感謝しています。| わたしの乾癬物語【明日の乾癬 by UCBCares】

みんなの乾癬物語

大学病院での治療により寛解し
薬と主治医に感謝しています。

お話を聞いた
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CHAPTER 05

上岡 俊雄
さん

現在70歳という上岡俊雄さんは、乾癬との付き合いはもう約40年。仕事に、運動に、ボランティアにと活躍されています。「乾癬の症状は、ほかの人に比べて軽い方だった」と言いつつも、やはり気を遣って過ごしていたと以前を振り返って話してくださいました。

乾癬と診断されるまで数年
最初は初めて聞く病名でよくわからなかった

乾癬の症状が初めて出た頃のことをお聞かせください。

初めて発疹が出たのは、今から42 年前の28 歳の頃でした。両足の膝から下の表裏に赤い発疹がポチポチ出て、更にカサブタ(鱗りんせつ屑)ができたのですが、放っておくと消えるんです。再び発疹が出て、また消えて、また出て…という状態がしばらく続き、そのうち発疹が大きくなってきたので、近所の内科・皮膚科クリニックに行きました。でも、その時は何の説明もなく、2 種類のステロイド軟膏を渡されただけでした。
それを塗ると発疹が消えて、すぐにきれいになる。消えると塗るのをやめて、発疹が出るとまた塗る、という状態がしばらく続きました。
その後、引っ越したり、医師を変えたりしているうちに、少しずつ症状が進みました。ふくらはぎにできた紅斑がつながって真っ赤という状態。見た目はすごく痛そうに見えるけれど、痛くはありませんでした。痒みは時々ありました。
今でも忘れられないのは、2 軒目のクリニックで年配の医師から「納豆、オクラ、カレーライス、唐辛子など、ネバネバした食べものと辛いものは皮膚病に良くないので駄目」と言われたこと。今、ほかの医師に聞いてみると、科学的根拠はないようですが、当時は「とにかく控えろ」と言われ、そういうものなのかと思っていました。
「乾癬」という診断名を初めて聞いたのは、3 軒目のクリニックを受診した時なので、おそらく33 歳の頃だったと思います。

初めて診断された時は、どう思いましたか。

「乾癬」なんて初めて聞く名前で、よくわかりませんでした。ただ、医師からは「原因がわからない、治らない、うつらない」と説明されました。私は、それほど重症ではありませんでしたが、「治らない」と断言されたことですごく嫌な思いをしたことを覚えています。ひと昔前の患者さんは、皆さん同様の経験をしていると思います。
今のようにインターネットで簡単に検索できない時代でしたから、どのように悪化していくのか、どんな薬があるのか、どの段階で大学病院を受診すればいいのかなど、乾癬に関する情報を自分で探すことはできませんでした。医師からは、アドバイスも説明もなく、ただ軟膏を渡され、それを塗るという時代でした。

症状そのものはあまり気にならなかったけれど説明するのが嫌で知られないようにしていた

生活する上では、どのようなことで困りましたか。

発疹は頭部や襟足、腹部にも出ました。毎日、塗り薬やローションを塗るのは大変といえば大変ですが、幸いにも背中には一切出なかったので、軟膏を塗るのはそれほど難しいことではありませんでした。
ただ頭部の症状に関しては、白い大きなフケのような鱗屑がポロポロ落ちるので、嫌でしたね。レンタカーでドライブする時などは、気付かない間に鱗屑が車内に大量に落ちていることもあり、その掃除用に常にガムテープを持参していました。
また、引っ越しや転勤で場所を移るたびに理髪店探しが大変でした。理髪店には、説明しても理解してもらうのは難しいだろうと思って、「ひどいアトピーなんだ」と言ってごまかしていました。アトピーはみんな知っていますから「あぁ、大変ですね」と簡単に納得してくれました。

お仕事での支障はありませんでしたか。

サラリーマンだったので、仕事上、忘年会やゴルフがあり、そうした時には工夫が必要でした。泊まりがけの忘年会では風呂には入らず、どうしても入りたい時は、会が盛り上がっている頃にさり気なく抜け出して、風呂場に誰もいないことを確認して入っていました。ゴルフの時も、理由をつけて風呂には入らないで帰宅するようにしていました。
私は、自分の症状を気にしていない方でしたが、発疹を見られると必ず「どうしたの?」と言われるし、説明が難しくて面倒くさい。「ちょっと皮膚病になって…」と説明しても、見た目は悪いし、同じ湯船に浸かりたくないという人もいるでしょう。ですから皮膚を見せるような場面では、他の人との接触を避けていました。

乾癬性関節炎の発症をきっかけに大学病院での治療を受ける

乾癬性関節炎も発症されたそうですが、発症した時の様子を教えてください。

発症したのは、今から6 年前、64 歳の時です。ある日、畳の上で寝ていて、何気なく畳に手をパタッと置いたら、痛くて目が覚めました。見ると、指の第一関節が腫れていました。関節の中に小さな針が入っているような感じで、チクチクした痛みがありました。
そのうち左手の3 本の指、次に右手の2 本がウインナーソーセージのように腫れてきて、ズキンズキンと痛むようになりました。とにかく痛みだけでもどうにかしようと病院のリウマチ科を受診したところ、検査の結果、リウマチではないと言われました。
それで皮膚科のクリニックの先生に「リウマチではありませんでした」と伝えると、乾癬性関節炎だろうという話になり、大学病院を紹介してくれました。正直な話、もっと早く言ってほしかった、という気持ちでしたね。

大学病院では、どのような治療を受けたのですか。

大学病院では、いろいろな検査を受け、私の症状には「生物学的製剤による治療法が良い」と勧められました。治療を開始したところ、6 週間位でほぼ寛解状態になりました。副作用が出る患者さんもいると聞いていますが、私は副作用も出ませんでした。
現在は2 週間に1 回、自己注射をしています。時折、足に小さい豆粒ぐらいの発疹が2 つ3 つ出ることがありますが、1 週間位で消えてしまいます。軟膏は使っていません。現在の主治医の先生が、血小板の数値など検査結果の推移をきちんとチェックしてくれています。

患者会に入り、患者同士で話せるようになったのが治療を続けるモチベーションになっている

乾癬の悪化を防ぐために、何か注意していることはありますか?

メタボリック症候群にならないように注意しています。乾癬の悪化とメタボとは関係があると知り、ジョギングを始めました。6 年前に比べると4 キロは体重を落とし、BMI は現在26 です。
ただ、私は柿の種とコーラが大好きで、毎晩食べています。家族からやめるように言われているのですが、なかなかやめられません。毎日は食べないように努力しています(笑)。
また、週4 日、ビル管理のアルバイトをしています。体を使うし、気晴らしにもなるし、お小遣いにもなるので、運動不足とストレス解消、治療費の補充に役立っています。

上岡さんは患者会のスタッフもされているんですよね。

はい。お手伝いをすることで知識も増えますし、患者会を応援いただいている先生方と直接お会いして話をする機会もあります。
患者会に入会したのは、乾癬性関節炎になった頃に、患者会が主催するイベントに参加したことがきっかけでした。入会のメリットは、やはり患者同士で話ができるということです。お互いに症状を見せ合ったり、相談し合ったり、リラックスして悩みを相談できる、わからないことを教えてもらえる、更に励まされて治療意欲が湧いてくる…。これが一番の良さだと思いますね。仲良くなった方とはLINE を交換したり、電話番号を交換することもあります。

ほかの患者さんへのアドバイスをお願いします。

若い世代の方々は、皮膚症状の見た目の悪さや恥ずかしさが深い悩みになるので、学生時代に発症すると不登校になってしまうなど、人とのつながりが弱くなります。仕事や将来についていろいろと悩みながら人生を送っている方もいます。そういう方たちが何とか半歩でも前進できるよう、患者会としてつながりが広がるような活動ができたらと思います。
患者会に参加すると、困り事や不安が減るはずです。なぜなら、みんな乾癬の経験者で、若い頃からずっと病気と共存してきている人もたくさんいるからです。共通の悩みを持つ人同士だからこそ、わかり合えることも多々あります。いきなり患者会に入会するのは少しハードルが高いかもしれませんが、SNS での交流やイベントなどへの参加を考えてみてほしいと思います。

本記事の治療結果は個人の体験であり、
全ての人に当てはまるものではありません。

「Rebrand Yourself vol.2」2022年7月掲載

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